|自賠責保険と任意保険は保険金支払責任の範囲が微妙に異なる
事故の被害者がケガをした、或いは亡くなった場合に、自賠責保険では支払えるが任意保険では支払えないというケースがあります。
自賠責保険と任意の対人保険では、加害者と被害者の人間関係によっては保険金の支払い責任の範囲が異なるのです。
保険会社は交通事故の報告を受け、ケガをされた被害者がいる場合は優先性をもって対応します。
しかし、事故状況や被害者の特性によっては対応が出来ない場合や、対応が困難な事態も起こります。
その事例の一部を紹介します。
|配偶者間の事故による保険金支払い範囲に関して
|事例1|ケガをさせた相手が配偶者だった場合
例えば、夫が運転する車に妻が同乗していた時に、夫の不注意で事故を起こし妻がケガをした。
このような事故で、家族の一方が損害賠償責任を負い、もう一方が損害賠償請求権を持つ場合において、以前は妻に限らず同居の親族は実質的には生計が同一であり、通常なら相殺されて入出金はゼロなのに、保険に加入していたとの理由で「請求権者と同じ生計の賠償義務者」のお金が増えるのはおかしい!
だから妻は他人ではないので、保険から賠償金は支払えない、という理論構成でした。
ところが、昭和47.5.30最高裁は「夫婦の一方が不法行為によって他の配偶者に損害を加えたときは、原則として、加害者たる配偶者は、被害者たる配偶者に対し、その損害を賠償する責任を負うと解すべきである」として、夫婦間での交通事故による不法行為の成立を認めたのです。
自動車損害賠償保障法(自賠責保険)第3条では「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と定められています。
最高裁はこの自賠法3条についても「自賠法3条は、自己のため自動車を運行の用に供する者(以下、運行供用者という)および運転者以外の者を他人といっているのであって、被害者が運行供用者の配偶者だからといって、そのことだけで被害者が他人には当たらないという論拠はない」(最高裁昭和47.5.30)と判示しました。
この判決により「妻」は自賠責保険上の「他人」と認められたのです。
したがって、自賠責保険への被害者請求権も認められたことになります。
次に、任意保険の対人賠償保険はどうでしょう?
任意保険の約款では、「保険金を払わない場合」の規定について、「当会社は、対人事故により次のいずれかに該当する者の生命または身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害に対しては、保険金を支払いません」と規定されています。
|保険金が支払われない対象者
①記名被保険者
②被保険自動車を運転中の者またはその父母、配偶者もしくは子
③被保険者の父母、配偶者または子
④被保険者の業務に従事中の使用人
⑤被保険者の使用者業務に従事中の他の使用人
つまり、夫の運転している車両に同乗している妻は②にあたり、よって運転手の夫が妻をケガさせても任意保険の対人賠償保険は支払われません。
今でこそ、実務的には保険会社で自賠責保険を含めて人身傷害保険で支払いや対応が可能になりましたが、人身傷害保険が販売される前は、「自分で手続きを取って、自賠責保険に被害者請求をしてください」という時代が確かにありました。
|事例2|夫の運転する車に同乗していた妻を、事故により死に至らしめた場合
事例1では妻がケガをした場合ですが、事例2では妻が死亡した場合です。
妻は運転免許を持っていない、共同運行供用者ではないことを前提としています。
任意保険の対人賠償保険の扱いは事例1と同じですが、現在では「人身傷害保険」で保険会社が対応可能になりました。
自賠責保険も事例1と同じで、夫は妻に対して自賠法3条の運行供用者として、また民法709条の不法行為者として妻に対して損害賠償責任を負います。
事例1で、最高裁は昭和47年5月30日判決で妻は他人にあたり自賠責保険への直接請求権を認めたので、理論上妻は夫に対する損害賠償請求権により自賠責保険会社に対して損害賠償の請求ができます。
ここから、ケガや後遺障害の請求とは違ってきます!?
妻は死亡しています。
死亡した人が被った損害を請求することはできませんので、この損害賠償請求権(自賠法3条請求権)は相続人に相続されることになります。
この夫婦には子供や両親がいないとした場合、妻の損害賠償請求権は全て夫が相続します。
夫は、法的に加害者としての損害賠償義務と被害者としての損害賠償請求権の両方を持つことになります。
最高裁は「損害賠償債権と損害賠償債務が同一人に帰したときには、混同(民法520条本文)の法理により損害賠償債権は消滅する」としました。
更に、「その場合、自賠責保険への直接請求権についても、損害賠償請求権が消滅すれば自賠責保険への直接請求権も消滅する」(最高裁平成1.4.20)と判示しました。
自賠責保険もこの判例を踏まえて・・・
① 傷害・後遺障害の事案
一般の請求事案と同様に取扱い、混同の適用は行わない。
② 死亡の事案
親族間事故により被害者が死亡した場合、保有者が当該被害者の相続人となることがありますが、この場合には被害者の逸失利益と本人慰謝料につき混同が適用されます。
事例2では、損害賠償請求債権とその債務が混同によって消滅するため、自賠責保険への直接請求権も消滅することとなり、自賠責保険への請求ができないということになります。
したがって、被害者の死亡による損害積算額から保有者相続分を控除して、他の請求権者の取得分のみが認定されます。
なお、葬儀費については保有者の請求であっても混同の取扱いはされません。
|自賠責保険の期限は切れていたが任意保険は継続中の事故
事故が起きた時に自賠責保険が切れていたが、任意保険は契約期間中で対人賠償保険には無制限で加入していたので良かった!
自賠責保険は上限でも4000万円です、だとしたら自賠責保険が切れていても、任意保険に無制限で加入していれば賠償金は支払い可能・・と思っていませんか?
ところがそうはいきません!
自賠責保険は別名「強制保険」と呼ばれていることからも分かるとおり、その加入が法律で義務付けられています。
車、バイクともに自賠責保険の期限切れには十分に注意して欲しい。
特に、車検を受ける必要がないバイクなどは、うっかり自賠責保険を切らしてしまうことがあります。
自賠責保険が切れた状態の自動車やバイクを運転すると「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」+「違反点数6点」。
また自賠責保険が有効だったとしても、証明書を備えずに運転しただけでも、「30万円以下の罰金」という非常に厳しいペナルティが科されます。
事故を起こした被害者がケガをしたら加害者側は賠償金を支払う義務が生じます。
任意保険は自賠責保険の上乗せの位置付けにあり、自賠責保険の限度額を超えたり算定基準を超えた部分を任意保険で支払うことになります。
ある保険会社の補償についての案内書で、対人賠償保険について記載されている内容です。
「ご契約のお車の事故により、お車に乗車中の人や歩行者など他人を死傷させ、法律上の賠償責任を負う場合に、被害者1名ごとにご契約金額を限度に保険金をお支払いします(ただし、自賠責保険で支払われる部分を除きます)」
任意保険に加入している契約者が、人身事故の加害者になった場合、自賠責保険の部分も含めて保険会社は一括して保険金支払いの手続きを進めてくれます。
ただし、上記の記載を見てもわかるとおり、残念ながら任意の対人賠償保険は、あくまでも「自賠責保険の上乗せ」と位置付けられています。
事故の相手方に対する損害賠償金額のうち、自賠責保険から支払われるべき保険金の額に相当する部分については、自己負担をしなければならないことになります。
自賠責保険による補償の限度額(被害者1名あたり)
死亡による損害の場合:3000万円
後遺障害による損害の場合:4000万円
ケガによる損害の場合:120万円
つまり、任意保険に入っていても、自賠責保険が切れていれば最高で4000万円は自己負担で賠償することになります。
後遺障害や死亡事故に至らないケガであっても、自賠責保険で支払われる120万円までは自己負担になり、120万円を超えてからの金額を任意保険で支払えることになります。
自賠責の期限が切れていることは、車の場合は車検も切れている可能性が高いことになります。
要注意!レベルの状況ではありません!
|職場の同僚間で事故が起きた場合(同僚災害)
業務中の運転事故により、同乗させていた同僚にケガを負わせた場合等をいいますが、保険での対応はどうなるのでしょうか?
仕事中の同僚間事故による従業員のケガは、使用者である会社が加入している自賠責保険や共済からは保険金が支払われますが、任意自動車保険の対人賠償保険からの支払いは不可になります。
任意保険の約款「保険金を払わない場合」の規定を引用することになります。
「当会社は、対人事故により次のいずれかに該当する者の生命または身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害に対しては、保険金を支払いません」
|保険金が支払われない対象者
①記名被保険
②被保険自動車を運転中の者またはその父母、配偶者もしくは子
③被保険者の父母、配偶者または子
④被保険者の業務に従事中の使用人
⑤被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人
事故による被害者が加害者である運転手や被保険者と一定の関係にある④や⑤に該当した場合(同僚間の事故等)、保険金の支払いを免責されることになっています。
「免責」とは、自動車保険の契約者や被保険者が事故によって、法的賠償義務を負う時に任意の保険会社が保険金の支払いを免れることです。
保険金の支払いを免れる事実を「免責事由」といいます。
対人賠償保険から保険金が払われない主な理由は、被害者が被保険者の業務に従事している時に起きた業務災害や、加害者も被害者も同じ使用者の業務に従事中の事故による同僚災害は、労災によって損害が補填されるべきで、保険金の二重払いを防ぐという考え方に基づいています。
なお、被害者が別会社(例:被保険者の下請け)の従業員の場合は、対人賠償保険からの支払が可能になるのは免責に抵触しないからです。
使用者である会社は、任意対人賠償保険金が支払われない場合でも民法715条の使用者責任と自賠責3条の運行供用者責任を負います。
|使用者責任について
事故でケガをした被害者は、会社に対して「使用者責任」による損害賠償請求が可能です。
民法715条1項但し書きで、「使用者は加害運転者の専任やその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、その責任を免れる」と使用者側の免責規定はあります。
しかし、実務上でも裁判例でも、会社(使用者)側が相当の注意をしていた、不可抗力で損害が発生したと認められて会社(使用者)側が免責された事例を知りません。
|運行供用者責任について
運行供用者とは、事故を起こした車について運行を指示・制御等の支配権を有し、運行利益を得ているものをいいます。
運行を通じて利益を得ている、会社(使用者)が運行供用者にあたります。
自賠責法3条では運行供用者は、被害者に対して賠償責任を負います。
因みに、使用者責任の及ぶ範囲は被害者の財物の損害についても成立しますが、運行供用者責任は、被害者の生命や身体に対する損害についてのみ成立し物損害には及ばないとされています。