|車が突っ込んで建物を損壊!損害賠償は?
ここ数年、新聞やテレビのニュースで高齢者が自動車の運転操作を誤って、コンビニなどに衝突した事故が報じられる件数が増えているイメージがあります。
事故原因のほとんどはアクセルとブレーキの踏み間違いによる場合が多いので、高齢者の運転に警鐘を鳴らすという意味合いでニュースとして取り上げているのかも知れません。
保険会社が受け付ける事故では、決して珍しい状況の事故ではなく毎年度少ないとはいえない相応の件数が報告されています。
そして、事故を起こした運転者の年齢も高齢者とは限りません。
スピードの出し過ぎによって、操作性を失い民家に突っ込んでしまったり、交差点での出合い頭の衝突のはずみで一方の車両が店舗や民家に衝突したり、中には酒を飲んでの運転操作ミス等とあってはならない事故もあります。
車両の運転者や家等にケガ人がいない場合、つまり人的被害がなかった場合は事故件数もそれなりに有るので、ニュースとして報道されないことも多い様です。
自動車の衝突や接触等により、建物本体のみではなく、外壁、塀、門扉、玄関などが損壊した場合、所有者はその建物等が修理可能であれば修理費を、修理不可能であれば建て替えや買替えの費用を、加害者に請求することができます。
自動車保険に加入していれば「対物賠償保険」で被害物に対しての賠償は可能ですが、被害者側の請求額通りで認定されるか否かは別の問題になります。
損害範囲が広いこと、何より損害額が大きくなる場合が多いので損害認定の範囲や示談協定に至るまで、結構な割合で紛糾するケースもあります。
保険会社との交渉が難航するのは、建造物の事故前状態までの回復レベルについて隔たりが大きいのが主な原因になります。
最も多い争点として、賠償の対象が自動車と同様に時価額の問題があります。
損害を与えた対象物が建物であったとしても、技術的に修理修繕が可能な分損か?それとも修復不可の全損か?
修理修繕が可能であったとしても、費用が高額になって不動産評価額(時価額)を上回る場合には、車の全損認定と同様に不動産評価額(時価額)までが、賠償額の上限となります。
そして、もうひとつ!修理修繕することによる美観上の問題があります。
例えば、外壁の一部が車の接触により損壊した場合でも、損壊の範囲はせいぜい車の高さ位になるのが普通です。
よって、外壁の上方2/3は無傷の場合や、外壁の角に衝突した場合はせいぜい外壁の2面に渡る範囲の損害になります。
築年数によっては、損壊した外壁材が製造中止になって在庫がないことも少なくありません。
同様の部材が入手困難な場合は極力似た部材で修繕するのですが、当然外見上は同じにはなりません。
また、塗装による修繕も損壊していない他の色合いと異なる状態の場合(塗装業者の技術的問題ではなく、経年性の劣化による違い)などは、全面取り替えや全面塗装の要求が出て来る場合があります。
賠償請求の交渉が難航して来ると、加害者である保険契約者から早期に示談解決の要望が出て来る場合も有ります。
「早期解決をお願いしたい。少し知らべたのですが、交渉が難航して長引くと「建造物損壊罪」や「器物損壊罪」で訴えらるのではないかと心配が出て来ました」と!
|「建造物等損壊罪」と「器物損壊罪」に該当するのか?
交通事故では建造物を損壊した物損害のみの場合は、免許証の減点も刑事罰もありません。
故意に狙って建物を損壊しない限り、刑法上の「器物損壊罪」や「建造物等損壊罪」は適用されません。
つまり、一般的な交通事故による過失では罪に問われないという事になります。
「建造物等損壊罪」とは、他人の建造物・艦船を故意に損壊させることで適用されますが、「建造物損壊罪」と「器物損壊罪」の定義についての明確な差異については、曖昧な部分があります。
単純に一言で表すと「程度の差」!
つまり、具体的な状況によって判断するという事です。
一般的な説明として、「建造物等損壊罪」と「器物損壊罪」の違いを、損壊された物が取り外せるかどうかという差で表すことがあります。
例えば玄関の扉などは、適切な工具等を使用することにより取り外しをすることが可能です。
その意味では玄関扉の損壊は「器物損壊罪」に該当することになります。
しかし、玄関扉の重要な役割である、外界との遮断や防犯、防風、防音機能の損失という状況になるため「建造物等損壊罪」に該当すると考えられている判断もあるのです。(平成19年3月20日最高裁判決)
「建造物損壊罪」は、建造物の物理的損壊をイメージできますが物理的損壊だけが損壊行為ではありません。
判例では、「その物の効用を害する行為」が損壊とされており、物理的損壊だけでなく気持ちの上で使用出来なくする状況にする行為も心的損壊に該当するとされています。
例として、建造物に対する多数のビラの貼付(昭和41年6月10日最高裁判決)や、建造物への落書き(平成18年1月18日最高裁判決)なども「建造物等損壊罪」として認められたケースもあります。
また、「程度の差」や具体的な状況によって判断する例として・・。住宅の外壁にタイルを張っている場合です、タイルは「建造物等損壊罪」の客体になります。
タイル一枚をはがす行為は「器物損壊罪」に該当すると解されますが、何枚まで「器物損壊罪」に該当し、何枚以上から「建造物等損壊罪」に該当するのか?
「建造物等損壊罪」の目的として、財産的価値が高いとされ重要な役割を持つ建造物の保護のために「器物損壊罪」より法定刑を重くしていることを念頭に置いた上で、状況に応じて具体的かつ個別的に判断されている様です。
|車両を運転して誤って建造物を損壊させた場合の処罰
車両を運転し、故意ではなく過失によって建造物を損壊させた場合は、「器物損壊罪」や「建造物等損壊罪」の適用はされないのは理解頂けたと思います。
それでは、処罰は一切ないのでしょうか?!
答えは「いいえ」です。
道路交通法116条の「運転過失建造物損壊罪」が成立し、6ヶ月の以下の禁錮刑か10万円以下の罰金が科せられます。
そして、「ブレーキとアクセルを踏み間違えて、コンビニに突っ込んでしまった」等の業務上必要な注意を怠った過失の場合も該当になります。
また、建造物を損壊したことで死傷者が出た場合は、「過失運転致死傷罪」となり法定刑は、7年以下の懲役または禁錮または100万円以下の罰金となります。
|建造物損壊による損害賠償請求や義務の範囲は?
自動車が家屋等の建造物に衝突して家屋が大破全壊した場合でも、損害賠償の範囲は建て替え費用ではなく、損壊する前の不動産的時価相当額になります。
被害者である建造物の所有者としては、自動車の衝突によって家屋が壊されたことで建て替えが必要になったのだから、建て替え費用全額を支払って欲しいと言う気持ちは理解出来ますが、事故によって被った損害以上の利益を得ることは法的に認められていません。
極端な例ですが、築年数が通常の家屋の耐用年数を遥かに超えているような、ほとんど不動産的な価値の無い家が大破して新築で何千万円もする家を建て、その金額を加害者が負担するのは一般的な社会常識からも外れているという事です。
建造物の所有者としては納得が行かないかもしれませんが、加害者側としては当該家屋の価値以上を補償する法的な義務はありません、としかいえないのです。
よって、賠償は不動産評価額(時価額)が上限になります。
車両の時価認定と同様で法的にも妥当な賠償内容ではありますが、家屋損壊の場合は不動産的残存価値の限度でしか賠償が認められません!では・・少し厳しいのかも。
実態や個別事情によっては、一定範囲で再調達の価格を検討する。
つまり、0か100ではなく部分認定など柔軟な対応をとってもいいのかも知れません。
修理復旧に際してグレードアップやリフォームなど利得を得た部分は、事故による損壊と相当因果関係がないので、その分を減額評価して賠償額を算定するのは可能と思うのです。
事故で建物の一部を損壊され薄い合板を打ち付けた状態で過ごすなど、生活上の不便を被ったと客観的に判断できる場合など、修理費とは別に慰謝料を請求されるケースも起こります。
被害者の状況等を勘案し、ある程度の幅を持たせ損害を認定することも必要かも知れません。
|建造物損壊に付随した休業や営業損害は?
店舗などに衝突されて、相応の期間にわたり営業ができなかった場合は、休業期間に対して営業や休業補償の問題が生じます。
しかし、休業の補償は建物の損壊状態によっては、請求されたからといって必ずしも賠償されるとは限りません。
休業の実態や、休業の必然性など客観的に認定する状況にあるのか判定が必要になってきます。
そして、被った損害の請求額は被害を受けた店側が証明することになります。
1日あたり、あるいは営業期間や業種によっては週や月単位で、収益や経費等の立証書類を揃えて証明する必要があります。
|建造物の修理修繕による美観が争点となる場合とは?
家屋に自動車が衝突して、部分修理や修繕をするに際し協議が難航するひとつに美観上の問題もあります。
美観上の問題がクリアされなければ、修理修繕の金額も確定させることができません。
住宅に使用されている部材の製造サイクルは目まぐるしく変わり、種別によっては3年経過していれば改造型に変更されている等で入手不可の状況が珍しくありません。
部材に限らず塗装の色合いが違うこと等も多く、そのため全面取り替えや全面塗装の要求が出て来るケースは少なくありません。
仮に、全面の外壁張替や全面塗装を実施した場合は、耐久年数や家屋の評価が上がる可能性が出て来るため、時価等において被害者側への過剰な利益供与に当たるとの解釈も有ります。
正当な補償範囲外の可能性はありますが、美観上の問題で請求される状況も理解できなくも有りません。
保険会社もその部分は斟酌して、衝突した一面の交換や塗装は已む無しと考えてはいますが、そこは保険会社のいけないところで最初から提示はしません。
本来的には、損壊した箇所だけの部分復旧が、基本的に妥当な賠償範囲になるからです。!
しかし、個別判断をする場合において大きいのは、やはり築年数になるのでしょう。
古~い家屋で、経年性の劣化もみられる様な家屋で「美観」を主張されても認定は困難と思いますが、建築してまだ数年しか経過していない家屋の場合は「美観上」の問題も協議テーブルに載せなければならないと思います。
そして、賠償上の範囲について頭では理解出来ても、気持ちでは納得出来ない場合は、被害者側の定番の台詞で「ダメと拒否されるなら、事故前の状態に戻してもらおうじゃないか!!」
気持ちは分からない訳ではありませんが、まるで「駄々をこねている子供」と同じ様に要求されることもあります。
ここから、若干個人的な対応経験になりますが、最も多かった解決策として例えば家屋の損壊した部分を車が衝突した高さまで色も素材も似た部材では無く、逆に違う色彩の部材を使用して損壊部分が見える面を修繕します。
具体的には、元は全てが一色のサイディングボードの下部2m位の高さをレンガ調のボードにして、修繕を兼ねて張り替える。
費用を積算して、家屋の最も目だ立たない裏面等は対象から除く場合もありましたが、そこは被害者と協議して、被害者側の一部負担等で解決したケースもありました。
つまり、衝突した外壁一面分の部材を低い高さで全面を貼り付ける手法です。
家屋は下側と、その上部とでツートンカラーになります。
この方法は一般住宅にも、店舗にも可能でしたし最初は渋る被害者も、完成してみると比較的好評だったと記憶しています。
この手法は部材の選定も、現状で販売されている中から選べますし、工事も低い位置で張り替えられるので高所での作業に必要な「足場」の設定が不要になるため、工事費の減額にもなります。
塀等の塗装についても異なる色調での提案や、被害者の中には損害を被っていない場所の工事費を含まない塗料代金で協定が成立したケースもありました。
主に家屋や塀などの建造物の賠償に関しては、賠償に関して厳密な適用ではなく実態と個別事情を斟酌した対応が必要になる場合もあるのです。
その意味では、損保担当者は当然ですが、被害者側も少し工夫した損害賠償請求を検討頂いてもいいのかと思います。
「無理です!ダメです」の一点張りでは無く、「家屋」という特殊性を考慮した代替案の提示をする様な保険会社や担当者のセンスにも期待したい。