|死亡事故における逸失利益の算定方法は?
交通事故によって被害者が死亡した場合、生きていたら将来にわたって得られていたはずの収入を失う事になります。
死亡したことで得ることができなくなった収入のことを「逸失利益」といい、当然ですが賠償の対象になります。
逸失利益の損害賠償請求権は、亡くなった被害者の相続人に相続され、加害者に対して逸失利益の損害賠償を請求することができます。
逸失利益の賠償額は、基礎収入額✕(1-生活費控除率)✕中間利息控除(就労可能年数に対応するライプニッツ係数)の計算式で、被害者の特性に応じた収入や係数を計算式に当てはめると比較的容易に損害額を算出することが可能です。
逸失利益を算出するための項目のひとつ「基礎収入額」は、被害者の状況や職種職業によって基準や求め方が細分化されています。
|職業や職種別の「基礎収入額」に関して
基礎収入額とは、逸失利益を算定するための基礎となる事故前に得ていた収入金額のことをいいます。
職業や職種によって基礎収入を認定する基準が異なります。
給与所得者、自営業者や事業所得者に農家や漁師、歩合制の給与で働く生命保険外交員やタクシー運転手、家事従事者である主婦など、職業はかなり広範囲で多岐にわたっています。
更に、給与所得者といっても、働き始めてから日の浅い若年者もいますし、職人など技術習得の途中段階では給与が低い給与所得者などもいます。
被害者の職業や状況等から、個別に正当かつ妥当な「基礎収入」を求める必要があるのです。
|給与所得者の基礎収入を求める!
給与所得者の基礎収入は、原則として事故前の現実収入の金額が基準になります。
民間企業の会社員や公務員などの給与所得者であれば、源泉徴収票で1年間の所得が判明するので、これを基礎収入として算定します。
源泉徴収票で所得金額が明確になるので、算定などの認定作業も比較的スムースに進みそうに思いますが、定年までの昇給分などの算出を巡って争点になる場合もあります。
将来の昇格や昇給の蓋然性も明確ではなく、極端ですが会社が将来にわたり存続しているのか?そして被害者が転職等しないで定年まで勤務しているのか?など先の予測は不可能です。
仮に、定年まで勤務を継続した場合でも、昇給や昇格による収入の増加をどの様に見込むのか?昇給額の判断の基準は?・・を含めて立証が困難というケースがほとんどです。
将来の所得を推定する場合、裁判所による判断の一例です。
将来、昇給等による所得の増加があるということが、証拠に基づいて「相当の確かさ」をもって推定できる場合は、予測できる範囲内で昇給等の回数や金額等を控えめに見積もって基礎収入とすることができる。(昭和43年8月27日最高裁判決)
この判決により、将来の可能性として立証できない場合は認定不可!と一概に否定しきれない判断を示したといえるのでしょう。
立証できる可能性としては、被害者の勤務先に明確な昇給規程が整備されていて、勤続年数による評価なども規定されている場合は「相当の確かさ」として、将来の昇給分についての請求が可能になると思われます。
明確な昇給規程等が無い場合であっても、被害者と同様の職種や同じ状況で入社した先輩社員等の昇給の実態から類推して基礎収入を算定した裁判例もありました。
その他にも、被害者が若年であった場合や技術習得途中の職人など、収入が低い場合は源泉徴収票のみで判断することは不利益な判断と主張されて争点になる事もあります。
例えば、学校を卒業したてで入社した新入社員や、建築関係の大工や左官の見習い職人、料理人の修行中の職人などは、給与所得者ではありますが収入が低いという状況もあります。
実態を踏まえて、新卒者や見習いや修行中の職人などの事故時の年齢が概ね30歳未満の若年就労者については、賃金センサスの全年齢平均賃金額を基礎収入として算定する傾向にあります。
|18歳未満の幼児や児童、学生などの未就労者の基礎収入は?
実務的には、賃金センサスの「産業計・企業規模計・学歴計・男女別全年齢平均」によって算定するのが一般的です。
この場合には、男女別平均給与額(年収)から、本人の生活費割合を控除し、稼動年数に応じた係数(中間利息を控除するためのライプニッツ係数という係数)を乗じて算定することになります。
但し、事故が起きた時に被害者が大学生の場合には、全学歴計の賃金センサスではなく、大学卒の賃金センサスにて基礎収入を算定することになります。
また、被害者が高校生の場合であっても、本人が大学進学を希望していたこと、家庭を含めた周囲の環境から大学進学の可能性が高いと判断された場合も、大学卒の賃金センサスを基準にして賠償額を算出することもあります。
なお、幼児や児童および学生の場合は、死亡直後の年齢から平均賃金の収入があったものとして算定すると、現実に即していない認定になってしまうため、就労開始時期を18歳から働くものとして計算をします。
大学生の場合は22歳や23歳など大学卒業時から働くものとして計算をするのが実態に即していると判断されています。
|家事従事者(主婦)の基礎収入の算定
被害者が家事従事者(主婦)の場合は、賃金センサス女子労働者の平均賃金で算定するのが多く、これは保険会社のみではなく、弁護士が介入してきた場合もほとんど同じ算定方法を採用している様です。
兼業主婦の場合で、賃金センサスで認定する以上の給与収入があるときは現実収入額を基礎収入とします。
なお、兼業による現実収入と家事労働を認定する賃金センサスの合算による損害賠償額は認められず、現実収入か賃金センサスの高い方を基礎収入としています。
|個人事業主や自営業者の基礎収入の算定
個人事業所得者については、原則として交通事故で死亡した前年度の確定申告所得を基礎収入とします。
但し、事業所得にかなりの変動がある場合は、事故前数年分を遡った申告所得に基づいての算定が必要になります。
また、個人事業と同一視できる様な規模の個人会社の場合ですが、役員報酬相当額として会社が得た営業上の利益を逸失利益として請求される場合もあるでしょう。
この場合は、会社と代表者が実質的に一体であること等の詳細な立証を求めることにはなります。
|会社役員の基礎収入の算定方法
会社役員の報酬には労務を提供した事による労務に対する報酬と、会社が利益を上げた事による配当報酬があるのが普通です。
逸失利益の基礎収入を算定する対象になるのは、労務提供による対価の部分であって、利益配当による報酬は対象にはなりません。
問題は、役員報酬の内訳の中で労務提供による対価の占める割合の判断が難しいことです!
報酬の50%は労務提供によるものです!等と明確な線引きは、かなり難しいのが現状です。
実務的には、会社の規模や収益の状況、役員の地位や権限、具体的な職務内容、稼働している状況、役員報酬額など個別に状況を判断して基礎収入を認定していくのですが、争われる項目のひとつではあります。
状況や交渉の見通し等によって、訴訟を見込んだ場合は、保険会社は担当弁護士と相談や協議をして労働対価について独自の割合認定を進めることがあります。
具体的に判断するための要素は3つです。
ひとつは企業規模による判断です。
大きな企業規模で雇用されている役員である場合は、役員報酬のほぼ全額に近い部分が労務提供による対価と判断される事が多いでしょう。
一方で小規模の会社であって、会社のオーナーやその親族などが役員の場合は、労務内容に対して役員報酬が高額である事が多く、役員報酬に利益配当部分が占める割合が高いと評価する傾向にあります。
要素のふたつめに、役員の地位や職務状況もあります。
役員が職務を行っていないと判断される様な場合や、出勤や稼働状況等から名目上の役員と評価出来るにも関わらず役員報酬を受領している場合、労務対価としては認められず結果的には役員報酬は基礎収入として算定されない可能性は大です。
事例として多いのは、オーナー社長の親族が登記上における名目上の役員になっている、という場合などがあります。
逆に、小規模企業であって役員が営業や会社の管理業務を行い、他の従業員と同様に稼働している実態が確認出来る場合は労務対価部分が高いと認定される事になります。
他方では同じ企業内において、役員ではないサラリーマンと比較して、年齢や勤続年数などの条件が近くて、その上業務量や質に大差がないのに支給額が大きく異なるといった状況の場合は、利益配当部分が大きいと判断されるのが妥当でしょう。
要素の三つ目として、会社の収益等の財務状況の変化があった場合ですが・・。
該当する役員が死亡した後、会社の売上に大きな影響が出て利益が減少したという状況が認められる場合は、当役員が稼働や職務遂行の実態が明確になったとして、役員報酬のうち労務対価部分の割合が高かったと認定されることになります。
但し、立証される期間として半期や最低でも四半期の企業決算にて証明される必要があります。
亡くなられた被害者の遺族や親族が、賠償協議の開始を企業決算まで待つというケースは実際にはほとんどありませんので現実的ではありません。
|年金受給者の基礎収入算定に関して
被害者本人が年金を受給している場合、老齢年金や障害年金は、死亡による逸失利益の基礎収入とする事を判例で認めています。
その一方で、遺族年金や年金恩給であるところの扶助料については基礎収入とは認めない判断をしています。
なお、年金を受給している被害者本人が家事従事者である場合は、家事労働の逸失利益も認められる場合もあります。
また、年金受給者がアルバイトやパート勤務をしていた場合の収入は、実態に即して実働収入として算定することになると考えられます。
|逸失利益を算定するための他の必要項目
死亡による「逸失利益」を算定するに際して、「基礎収入」の他に控除の項目があります。
ひとつは「生活費控除」もうひとつは「中間利息控除」になります。