|事業所得者や自営業者の休業損害の算定について
事業所得者や自営業者が事故によって仕事ができず所得が無くなった、或いは減収した分を請求する場合は、現実の収入減があった事を証明する必要があります。
事業所得者などの休業損害については、交通事故によりケガをしなければ得られたはずの売上金額から、原価や収益を出すために要した費用、固定費以外の経費を差し引いて基礎収入を算出します。
基礎収入額に、認定された休業日数を乗じることで損害額が算出されます。
それでは基礎収入を算出する証明の方法は?
給与所得者にとっての「休業損害証明書」の様に、事業所得者や自営業者には収入の減少や休業したことを証明する書類もありませんし、証明者もいません。
基礎収入額の証明は「確定申告書」しかないのです。
売上金額、原価や経費の金額は、原則として交通事故にあった前年度の確定申告書類によって算出することになります。
よって、税務署の受付日付印のある「確定申告書」の控えを提出して頂く必要があります。
受付の日付印が押されていない控え書類や、あるいは鉛筆書きの場合は更に、市区町村長の納税証明書や所得額が記載された課税証明書の提出を保険会社は求めることになります。
立証の対象期間ですが、所得に大きな変動が少ない賃金労働者については「源泉徴収票」の様に通常1年分で足りますが、職業や職種等から被害者の所得に変動が予想される場合には、数年分の資料を依頼する場合もあります。
なお、青色申告事業主の場合は税法上、青色申告特別控除の特典がありますが、これは経費とは異なるため事業所得者や自営業者の基礎収入の算定にあたっては、青色申告特別控除前の所得額を基礎とすることになっています。
家族が事業を手伝っている場合でも、基礎収入額を求める場合は被害者の寄与分のみとなります。
そして、悩ましいのが休業認定日数です。
入院治療をしている場合は、基本的には業務が不可との客観的な判断は可能ですが、通院で治療している場合は実治療日数のみを認めるか、業務内容等から一定期間の休業やむなしと判断するか、保険会社は医療照会をした結果で認定するのが基本になります。
なお、代替労力で対応した場合は人件費を損害として認定して、休業損害は認められないのが一般的です。
|事業所得者や自営業者の賠償範囲と認められる経費は?
事業所得者や自営業者の休業損害は、売上金額から原価や経費を差し引いた上で算出しますが、経費の中でも固定費は、事業の維持及び存続のため必要と判断される経費なので、休業損害の一部として請求が認められています。
基礎収入の算定に当たり、売上げから控除するのは変動経費が対象ということになります。
損害の対象となる固定費の範囲について、裁判などで特定されてはいないため、それぞれの事業や営業内容に応じて個々に判断されることになります。
それでも、共通の固定費として認められている主なのは、従業員の給料、地代や家賃、租税公課、損害保険料、減価償却費があげられます。
事業を継続させ収入維持の目的のために代替労力として人を雇用した場合は、減収と引き換えに代替労働力のための費用が発生したという事になるので、人件費として当該費用が損害として認められます。
その他に、休業のため廃棄した食材費とか、事業の再開の際に必要となった広告宣伝費などの経費も、相当因果関係ある範囲内で賠償の対象となります。
|収入を過少に申告していた場合の休業損害認定について
事業所得者や自営業者の休業認定に関して、正しい申告をされている事業者が多いのは当然なのですが、「申告は過小に、請求は実態か実態以上で・・」が意外と多いのも事実です。
所得を過少に申告しているにも関らず、申告した以上の金額を請求された事実を知ると、多くの対人担当者は許せないと感じる被害者のNO1となり、保険会社としては基本的には争う態勢をとります。
休業損害の認定は基本的には確定申告による所得となりますが、確定申告の所得でないと一切認められない・・とは言いませんが、申告した所得額を上回る現実の収入金額を立証することができた場合、個別事情によっては現実の収入額を基礎収入として認めることも無いとはいいません。
「認めることも無いとは・・」と言うと、申告された所得ではなく現実の収入金額から認定する可能性もある様な期待感を与えてしまうニュアンスになってしまいますが、申告書を越える請求額の認定はしません!のスタンスでの対応が保険会社の基本姿勢になります。
状況や個別事情によっては例外的なレア対応も、たま~にあるという意味です。
そして実際には、被害者である事業所得者や自営業者が、事故で生じた所得損害を請求する際に申告をしていなかった、あるいは過少に申告していたと主張し申告額とは異なる所得で請求してくる場合が一定の件数があります。
「こんな申告金額で、生活して行ける訳がない。常識で考えろ!」と・・。
国民の義務である税金を虚偽の申告で過少か納めない選択をしておいて、損害として請求する場合は実額で主張する事業所得者や自営業者が確実にいるのです。
確定申告書は、事業所得者や自営業者が休業損害を請求する場合の唯一の証明書類です。
その申告書以外を根拠にした請求になりますので、厳格な対応が求められることになります。
保険会社側から確定申告書とは違う現実の立証資料の提出を求めてしまうと、認定してもらえるかも知れないと、誤解や期待感を抱かせてしまうことになります。
そして「これが確定申告の所得とは違う、実際の所得を表す資料です」と提出されても、税金の申告さえ虚偽なので「・・この実際の所得を表す資料」が本当に実際の所得なのか?と疑われてしまうのは致し方ないのです。
正確な所得を表した書類は保管されて、保険会社の要求に応じて即提出できます!の書類にはますます信ぴょう性はない!という印象しかありません。
保険会社側から確定申告額ではなく、正確な所得に関する資料の提出を依頼する事や、話を持ちかけることは絶対にありません。
なのですが・・、紛糾を避けるために「払って済むなら、払いましょう」という判断をする担当者がいないと信じています!
裁判においても、「損害賠償請求においては、税務申告額は虚偽金額であるとして、それ以上の多額の収入があったとの主張は信義則に反しており、許されないと解するのが相当である。」(神戸地裁平成14年1月10日)との判決もあるのです。
保険会社としては事業所得者など被害者の判断で、これが正確な立証資料です!と言われて提出された場合は、書類の受け取りを拒否はしませんが、積極的に内容の精査はほとんどしません。
認定する方向で検討した場合は、事故当時の現実所得を主張されても信ぴょう性も信頼もほとんどありませんので、例外的に賃金センサスを用いて収入を算出するのが唯一の方法になるかと思います。
賃金センサスのどの賃金額を使用するかの判断は、休業損害を認める期間の被害者の就業状況によって異なるため、その判断の資料として被害者の性別、生年月日や学歴、職業を明確にしてもらう必要はあるでしょう。
しかし、損保担当者の多くは実治療日数分を自賠責保険基準の定額で認定するのが、限度であり妥当と思っている様です。
確定申告をしていない場合の対応の基本は、過少申告の場合とほとんど同じになります。
基礎収入を算出するために確定申告書類に代わる証明が必要となりますが、賃金センサスの平均年収を基礎収入として、休業損害を算定することも方法としてあります。
結論としては、繰り返しますが実治療日数分を定額で認定するのが限度と思っています。
|ケガによって事業存続が困難になり廃業する場合
交通事故によるケガの程度や症状等が直接的要因の場合と、休業している間に客が離れてしまい事業を再開しても収益が悪化したこと等で、事業継続が困難となり廃業を選択せざるを得ないケースも稀にあります。
廃業する場合の損害について、裁判上では事業を営む上で必要な施設や設備費用の金額を基礎として、他社や他者への売却可能性や、交通事故にあうまでの設備の使用利益等の点も考慮して判断されています。
事業内容より限度を設けて、一定の割合を損害として認めるケースが多い様です。
業種や職種等によって設備投資などが違ってきますので、一定の割合については個別事情による判断になるとしかいい様がありません。
また、収益の悪化等が原因という場合は、事故との相当因果関係が争点になりますが、収支の記録や帳簿関係の書類で数字的変化を証明することにより、営業上の損害として認定される可能性はあります。
詳細に渡る認定は困難であっても、大よその割合認定は可能ですので、あきらめずに請求した方が良い場合もあります。